電子書籍:小説『リフォームストーリーⅡ』ロマンス小説・試し読み

リフォーム(建築)+小説
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「住まい」という言葉を使う際には、居住している場所そのものに対する思いや、そこに住むことで得られる安心感や快適さといった感情も含まれることが多いです。

たとえば、「心地よい住まい」や「住まいを整える」といった表現は、単に建物だけでなく、その場所での暮らしや快適さを大切にする意味合いが込められています。

したがって、「住まい」は、日常の生活の拠点であり、物理的な空間としての家や部屋だけでなく、その中でどのように生活するかということも含まれる広い意味を持つ言葉です。

 三階建て鉄骨ALC造の建物の中に、石田工務店はあった。
 リフォーム・増改築に特化している石田工務店は、石田達也の父親が経営する会社だった。土地と建物は自社物件で、大工の棟梁をしていた祖父の代からこの地で工務店を営んでいる。祖父は九年前に現役を離れ、二代目の達也の父親が経営を引き継いだ。社員は達也と経理の母親を含め六名が在籍していて、専属の大工親方を二名抱えている。大工親方は、祖父の弟子の職人だった。一階は資材置き場の倉庫。二階が事務所で、三階は達也の自宅になっていた。建物の隣に専用の駐車場がある。

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※   ※   ※   ※   ※

 三月中旬の土曜日の午前に石田工務店の事務所に電話が掛かってきた。
 石田達也はそのとき、頬杖したままパソコンのディスプレイに向かいながら思案顔だった。ディスプレイに住宅リフォームの平面プランの図面が映っている。達也はプランを考えていたが迷っていた。そのとき、突然、電話の呼び出し音が鳴った。
 経理事務の仕事を受け持つ母親が、パソコンから目を離して息子の達也に視線を向けた。他の従業員は外に出払っていて、事務所にいたのは二人だけだった。
「達也、電話だよ」
「うん、わかってる」
 達也は面倒くさそうな声を上げて、おもむろに脇机の電話の受話器を取った。
「はい、石田工務店です」
「すみません……」
 遠慮がちな、若い女の声が耳に聞こえてきた。
「はい、何でしょうか?」
「実は会社のホームページを見たんですけど……。工事の見積りをお願いできないかと思って……」

 声の主は、石田工務店のホームページを見て問い合わせをしてきた見込み客だった。
「はい、大丈夫です。お問い合わせありがとうございます。場所はどちらになりますか?」
「N市なんですけど大丈夫でしょうか」
 N市は達也が暮らす街に隣接する、地方中心都市だった。
「大丈夫です。最寄り駅はどちらになります」
「A駅です。駅から歩いて十分ほどの場所なんですけど」
「近くに大きな公園がありませんか?」
「ええ、あります。家の前が谷中公園の裏手になっています」
「ああ、わかりました。水遊びの水路があるところですね」
「ええ、そうです」
 谷中公園の近くなら三年前に住宅リフォームをした場所で、達也はその地域のことに明るかった。
「ご都合は、いつがいいですか?」
丁寧な言い回しで、達也は訊ねた。
「できれば、今日の午後でも……。三時頃は無理でしょうか?」
「今日の三時ですか……」

 達也は応えながら、今日の段取りを考えた。国道で交通量が多くなければ、会社から打ち合わせの現場まで、車で二十分ほどで行ける距離だった。明日の日曜日も出勤して住宅リフォームのプラン図面を作成すれば、今日の打ち合わせに伺うことは可能なような気がした。別にこれといって、休日の用事もなかった。タイミングを逃がすと、それだけ工事の契約の機会を失うことになる。今までの経験で、達也は何度も味わっていた。
「大丈夫です。じゃ、今日伺います。谷中公園についたら連絡したいと思うのですが、お名前と連絡先の携帯番号と住所を教えていただけませんか?」
「すみません、無理を言って」
 見込み客の女性は上原小夜子と名乗り、住所と携帯番号を告げた。
 受話器を戻した達也は、立ち上がって南面の窓に近寄った。ブラインドを上げると窓ガラスに映る空は晴れていた。寒々とした三月中旬の青空には、まばらな白い雲が浮かんでいる。
「ホームページも役に立つもんだね。社長は余計なことはするなって、ぶつぶつ言ってたけど」
 達也の背後で、母親の声が聞こえた。母親は、事務所では父親のことを社長と呼んでいる。

「三時に打ち合わせが入ったから、二時ごろ外出するよ」
「ホームページでも、宣伝効果があるんだねぇ。電話の問い合わせが今年に入って四件もあったからねぇ」
 母親は感心するように言った。会社のホームページを立ち上げてから、メールでの問い合わせも五件ほどあった。けれど半分は冷やかしのメールだった。ほぼ工事業者が決まっていて、参考にするつもりで見積り依頼する人も少なからず連絡してきた。

 昨年の十二月、達也は父親の反対を押し切って会社のホームページを立ち上げて公開した。
 昔気質の大工職人だった父親は、かろうじて五十代だというのに、パソコンの操作もろくにできなかった。大手リフォーム会社の下請けか、昔ながらに付き合いのある仕事関係者の口利きや、以前工事を終えた個人のリピートで石田工務店の経営は成り立っていた。 
 父親はそれでもよいと思っている。だが、いずれ石田工務店を継ぐことになる達也は、色々な面で不満を抱えていた。

 二十八歳で一級建築士の資格を取得してからしばらくして、達也は本格的に家業のことを考えるようになった。建築士の資格を得ても、それだけで仕事が取れるわけではない。地域性の薄れた社会の中で、これからの時代はこちらから積極的に情報発信することが重要だと思うようになっていた。ただ、昔ながらの新聞等のチラシでは効果が薄く、インターネットを上手く活用した宣伝でなければ、時代に取り残されてゆくような気がするのであった。

 ワゴン車のカーナビで目的地を設定した達也は、会社の駐車場から離れて北上した。
 走行途中から国道に入り、谷中公園を目指した。谷中公園は、N市で一番大きな公園だった。スポーツ財団が運営するスポーツクラブの施設も公園の敷地内にあることは知っていた。
 達也は公園専用のコインパーキングにワゴン車を停めて、車から降りた。そして3WAYのビジネスバックを持ち、公園に隣接したスポーツセンターの建物に目を向けた。建物の一階の大型ガラススクリーンの内部はプールがあり、会員の遊泳姿がうっすらと映っていた。建物の隣地は、高いフェンスに囲まれたテニスコートの施設がある。
 達也は作業服の上着の胸ポケットからスマホを取り出し、グーグルマップで上原小夜子の店舗付き住宅の場所を確認した。そしてそこから離れて公道に出ると、公園の裏手に回った。
 公園の裏手は土手になっていて雑木林が広がっている。その下に地下水を循環利用して造られた人口の水路がある。水路の縁は石で造られていて、二メートルほどの幅だ。水路の底は敷石で浅く、二十から二十五センチ程度の水深のようだ。

水路は、七月初旬から九月末の三ヵ月間に水が流されているが、今は水路が干上がっている状態だった。
 水路の両側には遊歩道があり、木製のベンチが点在していた。子どもが水遊びする姿を、保護者がベンチから眺められるようにできている。土手の中央にレンガタイルで作られた階段があった。
 達也は水路脇の遊歩道を歩いた。目的の二階建て店舗付き住宅は目の前に迫ってきた。住宅を見据えると、右手に外階段がついていることがわかる。建物から公道まで、比較的長い通路のある敷地だった。
 建物につづく通路を覗くと、シャッターが下りた店舗の前で女性が立っていた。
 達也は、その女性が上原小夜子だと直感した。達也はためらうことなく、敷地内に入り通路を進んだ。
 女性は達也と目が合うと口元に笑みを浮かべ、「上原です」と名乗った。
 スリーブにあしらったエスニックなデザインのニットに、カジュアルデニムパンツを穿いたスタイルのいい女性だった。 つづく……。

☆読者の方からレビューを頂いています。

この二人、この先どうなるんだろう、と最後までドキドキしながら読めました。ラストは想定外で、ちょっと意外でした。
哀しいけれど どこか 何かを期待してしまうそんな作品だったと思います。
読んだ人各々 感じ方は違って良いのかな、そんな感じになる作品です。

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電話を取り次いだ石田達也はリフォーム工事の現地調査のため、上原小夜子の店舗に赴くことになった。
石田達也と上原小夜子の関係が錯綜する、ロマンスストーリー。

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