「やさしさにふれて」【創作日記】

創作日記
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日本語で「暮らし」という言葉を使うときは、単なる物質的な側面だけでなく、心の満足や生活の質、幸福感なども含めて、広い意味での日常のあり方を表現することが多いですね。人生も、「暮らし」に関連される言葉になるようです。

『やさしさ』という言葉から連想するのは、高校時代の思い出にあった。 

 地元の高校に入学した僕は、柔道部に入った。道場は学校の裏門の近くにある体育館の一階にあった。体育館は頑丈な造りで、二階建て鉄筋コンクリート造の建物になっている。
 畳敷きの広い稽古場に、板の間の更衣室。そしてシャワールームが完備されていた。当時、市内の高校の部活の設備としては、かなり立派な施設のように思えた。柔道高段者の教師が赴任してきて顧問になったことが切っかけで、柔道部は活気づくことになった。
 市内の高校では、団体戦で常に入賞する学校ということで知られるようになった。だから、稽古は厳しかった。
 小さな傷が無数にある板張りの壁には、歴代OBの集合写真が額縁に納められて飾ってあった。どれも、試合会場で写された写真ばかりだ。
 生まれつきひ弱だった僕は、どんなことにも、自信の持てない性格になっていた。中学時代に、不良グループにいじめや暴力を受けた経験が幾度もあって、それがトラウマとして高校生になっても引きずっていた。

僕は強くなりたいという動機で入部を決め、坊主頭になった。

 僕をおちょくり、いじめてきた不良グループに抵抗でもすれば、暴言や暴力で威嚇する、そんな奴らを見返してやりたかった。当時は、そんな思いが強かったと思う。本当に、劣等感に悩まされていた少年時代だった。だから、柔道の稽古を励むように心がけた。

 部活で、二年生の谷川先輩に出会った。僕と同じように小柄な人で、色白で面長な顔立ちは温厚な雰囲気があった。
 当時を振り返れば、中性的でかわいい少年と言ってもよいほどの容貌をしていたように思う。
 入部してから、受け身と投げ技の稽古が続いた。
 三ヵ月ほどが過ぎると、先輩と一緒に乱取りを始めるようになり、谷川先輩が得意とする背負い投げや足払いで何度も投げられるようになった。
 他の先輩は谷川先輩よりも一段と強く、叩きつけるように投げることが多い。僕は、身体の痛みや投げられる恐怖に、いつもおびえていた。
 強くなりたいと、一心に思いながらも何度も部活を辞めてしまいたいと思い、そのつど、不甲斐ない自分自身を恨んでいたような少年だった。

 二年生の中では、谷川先輩が一番柔道は弱い人だった。だから先輩と稽古をするときは、いつも谷川先輩に当たることにしていた。
 谷川先輩に簡単に投げられなくなったのは、一年生の終わりごろだった。そして二年生に進級した僕は、逆に投げ技を仕掛けて谷川先輩を倒せるようになった。足払いの掛け合いなどで、何度ももつれながら倒れることがある。同時に倒れたときなどは勢いついて、僕の身体に抱き着くようなかたちになることが多かった。覆いかぶさるように倒れてくる谷川先輩が荒い息を吐くと、汗のにおいがまわりに漂った。そんなとき、谷川先輩はいつも顔をゆがめ、ほおが火照るように紅潮する。

 梅雨に入って雨の日が続いた。その日、金曜日の放課後も雨が降っていた。
 稽古を終えた僕は、更衣室で着替えをしていた。そこに柔道着姿の谷川先輩が入ってきて、すっと近寄ってきた。柔道着姿の先輩の首筋には、うっすらと汗がにじんでいる。色白の上気した顔は、赤みがさしていた。
 谷川先輩は僕を見て、照れ笑いを浮かべた。
「植山くん、強くなったなぁ。これからも頑張りな。今度の昇段試験、受けるんだろ。きっと大丈夫だよ」無口な谷川先輩が、いきなり励ますような口調で言った。                            

 突然の激励の言葉が、不思議に思えてしかたがなかった。三年生になった谷川先輩も僕と同じように段位はなく、白帯を締めていた。
「今度の昇段試験、先輩は行かないんですか?」と、僕は疑問をぶつけてみた。
 谷川先輩は思案するような表情を浮かべ、虚ろになったまなざしを向けた。そして結んでいた唇を開いた。
「どうするか迷ってるんや。実は、自信がない……。だけど、植山くんは受けたほうがいいよ、絶対に。黒帯、締めたいんだろ」
 僕は素直に「はい」と応え、床に視線を落とした。昇段試験で勝ち抜く自信がないことを、谷川先輩に見透かされるのが嫌だったからだ。
「いつもの調子でいけば、きっと大丈夫だから」
 谷川先輩は小声で言って、顔を伏せていた僕の肩を軽く叩いた。顔を上げると、やさしそうなまなざしと目が合った。僕は何だか、自分が強くなったことを認められたようで、とてもうれしくなった。そんなことを言ってくれたのは、谷川先輩がはじめてだった。

 谷川先輩は、翌週の月曜日から道場に顔を出さなくなった。

 それから数日が過ぎた放課後、別の先輩が血相変えて道場に入ってきた。その先輩を取り囲んだ三年生の先輩たちが、ひそひそと話し込むようになった。異様な雰囲気に包まれながらも、後輩の僕たちは、その様子を遠巻きに眺めるしかなかった。
 しばらくして、顧問の先生が道場に姿を見せた。先生を囲んで、僕たちは円陣を組んだ。そこで先生は、悲痛な面持ちで谷川先輩が亡くなったことを告げた。二、三年生の部員は、明日の告別式に参列することになった。死亡した経過について、顧問は何も語らなかった。

 翌日は、灰色の雲に晴れ間がのぞく不安定な天気模様だった。
 午前中に、学校の道場に集まった部員たちは、顧問の先生から告別式は自宅で行われることを聞いた。顧問の引率で、部員たちは谷川先輩の自宅へと向かった。学校から十五分ほど歩いたところに、谷川先輩の自宅はあった。自宅周辺は田んぼや畑が点在していて、地主が多く住む地域のようだ。
 谷川先輩が暮らしていた家は大きな構えの旧家で、土塀に囲まれていた。初めて見る大きな門は開かれていた。僕たちは門を通り抜け、広い庭園の砂利道を歩いた。ザクザク音のする道をしばらく歩いていると、前方に、古い趣のある木造二階建ての大邸宅が見えてきた。軒は深く突き出している。立派な銀いぶし瓦の屋根には光沢があり、まともに見るとまぶしさを感じるほどだった。
 庭園を歩いていた僕は、普段よりも緊張していた。前を歩く、先輩たちのささやくような声が聞えてきた。
「駅のプラットホームから線路に飛び込んだってな」
「本当か?」
「ああ、そうみたいだ。なんでも、カツアゲされてたみたいだな」
「えっ! 本当なのか? 誰から聞いたんだよぉ。まさか、松田たちじゃないだろうなぁ」

「シッ! 先生に聞こえたらまずいだろう」
「ああ、ごめん」
「本当にカツアゲされていたのかどうか、わからないよ。噂だからな……」
 先輩たちの背中を見ていた僕は、思わず、砂利道に目を落とした。あの日、谷川先輩から声を掛けられたことを思い出すと、情景が瞼に浮かんできて、切なくなった。

死を意識すると、人は他人にやさしくなれるのだろうか。

 僕はそんなことを考えながら歩いた。でも、どんなに考えても、二度と谷川先輩に会えるわけではなかった。
 庭木の生い茂った邸宅の周辺に、人々が集まっていた。邸宅の玄関口に長テーブルが置かれ、そこが告別式の受付場所になっていた。大人の人たちは受付を済ませ邸宅に入ってゆく。部活の部員や谷川先輩の同窓生たちは家の中には入らず、園庭で参列することになっていた。
 しばらくして、スピーカーを通して読経が聞こえてきた。お坊さんの読経が始まったようだ。僕たちは一塊になって、沈黙したまま読経に耳を傾けた。

 同窓生の男子生徒の多くは、ややうつむき加減で神妙な表情を浮かべている。女子生徒の一部は、ハンカチを目頭に当てていた。それとなく空を仰ぐと、灰色の厚い雲が目に付いた。読経が止んでから数分後、男子生徒の弔辞の声が聞え始めた。すると突風が吹いて、灰色の厚い雲が少しずつ動き始めた。    男子生徒の弔辞の声とともに風は強まり、庭木の枝葉がざわめき始めた。灰色の雲が不気味な動きをみせて、庭木は風に唸った。

 風の強まりそのものが、谷川先輩の意志でもあるかのように思えるのだった。不思議な現象は男子生徒の弔辞の声が終わるまで続いた。周囲が何事もなかったように平穏に戻ると、何とも摩訶不思議な光景を目にしたような気分になった。
 こんな体験を他人に話してみても、きっと、誰も信じてはくれないだろうと思う。

                了  

「注意書き」
この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。また、アイキャッチ画像は、物語のイメージ写真として使用しています。

切なくなるような、ロマンスが滲んでいる感覚を呼び覚ますような物語。そんな恋愛小説のかたちを描いてゆきたいと考えています。応援していただければ幸いです。よろしくお願い致します。 

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