「住まい」という言葉を使う際には、居住している場所そのものに対する思いや、そこに住むことで得られる安心感や快適さといった感情も含まれることが多いです。
たとえば、「心地よい住まい」や「住まいを整える」といった表現は、単に建物だけでなく、その場所での暮らしや快適さを大切にする意味合いが込められています。
したがって、「住まい」は、日常の生活の拠点であり、物理的な空間としての家や部屋だけでなく、その中でどのように生活するかということも含まれる広い意味を持つ言葉です。
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三階建て鉄骨ALC造の建物の中に、石田工務店はあった。
リフォーム・増改築に特化している石田工務店は、石田達也の父親が経営している会社だった。土地と建物は自社物件で、大工の棟梁をしていた祖父の代からこの地で工務店を営んでいる。社員は達也を含め六名が在籍していて、専属の大工親方を二名抱えていた。一階は資材置き場とガレージを兼ねた倉庫。二階が事務所で、三階は自宅になっていた。
※ ※ ※ ※ ※
仕事を終えた達也は、午後六時半ごろ三階の自宅に戻った。
夕食の最中に、テーブルに置いていたスマホがブルッと音をたて、音楽が流れだした。手に取って表示板を見ると、『リトル・キャット』のマスターからの電話だった。
店のマスターは達也より三歳年上で三十四歳、高校の先輩に当たった。家が近所で幼馴染でもあり、幼少のころには一緒になって遊んだ記憶があった。
達也はスマホを手に取って耳に当てた。ジャズの音楽が聴こえる。七時から営業しているはずで、店の中から通話していることが分かった。しかし、マスターから電話が入ることは珍しい。
「もしもし、俺だけど」
達也は、久しぶりにマスターの声を聞いたような気がした。
「ご無沙汰しています」
「どう、仕事の方は?」
「まぁ、相変わらず、バタバタしてますよ」
「そうか、それはいいな。ところで急なんだけど、今夜、店に来れるか?」
マスターは念押しするような、やや強めの口調で言った。
「ええ、行けますけど……」
何だろう。何か用事でもあるのだろうか。そんな疑問が、達也の脳裏によぎった。
「じゃ、ひさしぶりに会おうや。八時ごろには来れそうかな?」
「はい、大丈夫だと思います」
「じゃ、待ってるからな」
マスターの明るい声が聞こえると通話は切れた。
夕食を終えて私服に着替えた達也は、ボディバッグを肩に掛け、J駅周辺の繁華街にあるショット・バー『リトル・キャット』に向かった。私鉄沿線のJ駅は、特急電車が停車する主要な駅だった。だから繁華街は、週末になると賑わいを見せていた。
会社から『リトル・キャット』の店まで、徒歩十五分ほどの距離だった。
達也は、電灯がともった住宅街を歩きながら夜空を見上げた。灰色の雲が夜の闇を覆っているのが見えた。
達也は雑居ビルの地下一階につづくコンクリートの階段を下り、店の出入り口の扉を開いた。
その日は金曜日で、カウンターは満席のように思えた。出入り口で店内を見まわしていた達也は、カウンター内にいるマスターと目が合った。長袖のストライプ柄のシャツに黒色のベストを着用しているマスターは、短髪で細長い顔をしている。口元に笑みを浮かべながら、手で席を指し示した。空席の隣にボブカットの女性の後ろ姿が見えた。
達也はカウンター席に近づいて行った。
「ご無沙汰しています」と言って、達也はマスターに軽く頭を下げた。
「しばらく見ないから、忙しくしてるんだなって、思ってたよ」
「一ヵ月ぶりぐらいですね」
「まぁ、そのぐらいになるかな。いや、もっとじゃないか。まさか、彼女と旅行にでも行ってたんじゃないだろうな?」
マスターはそう言って目を細め、口元をほころばせた。
「残念ながら、彼女はいませんよ」
「まだ、できないのか。お前、ちょっと堅物だからなぁ。いつも飲んでる、ジンバックでいいのか」
「はい、それでお願いします」
マスターは笑顔を見せると、視線を逸らせながら女性に声を掛けた。
「ああ、そうだ。瑠莉さん、こいつがこの前話していた石田くんで、建築屋さん」
隣でカンパリ・オレンジのリキュールを静かに飲んでいた女性が、マスターに微笑んだ。
マスターは、達也に顔を戻した。
「家の話になって、後輩に工務店の男がいることを話したんだ」
「ああ、そうなんですか。はじめまして」
呼びかけると、女性は初めて達也に顔を向けた。
達也は女性に軽く頭を下げると、ボディバッグから名刺入れを取り出した。
隣に座っていた女性も、すばやく椅子から立ち上がった。
「石田工務店の石田です」
名刺を両手で受け取った女性は、トートバッグから名刺入れを取り出した。
「あの、荒井です」
名刺を受け取った達也は、荒井瑠莉と書かれた文字に目を落とした。肩書に『映像制作部門・チーフ』と記されている。顔を上げると、瑠莉と目が合った。 つづく……。
内容紹介
『リフォームストーリー』連作シリーズ・第一弾。
リフォーム・増改築に特化した石田工務店に勤める石田達也は、ある夜、ショット・バー『リトル・キャット』を経営しているマスターから誘いを受けて店に出向いていく。
マスターは達也の高校の先輩であり、新店を開店させるために必要な内装工事の発注主でもあった。その店で荒井瑠莉を紹介された達也は、彼女の家のリフォーム工事を受けることになった。
石田達也と荒井瑠莉の関係が錯綜する、ロマンスストーリー。
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切なくなるような、ロマンスが滲んでいる感覚を呼び覚ますような物語。そんな恋愛小説のかたちを描いてゆきたいと考えています。応援していただければ幸いです。よろしくお願い致します。
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