・本書は『未来からの贈り物』ロマンス短編小説集+『再会』ロマンス短編小説の統合版です。
・表題作『月曜日の夜に』を含む、十一編からなる恋愛のかたちを題材にしたロマンスストーリー。
・一話の文字数は2000~19,100文字程度で構成され、それぞれが独立した物語です。
・外出時の待ち時間、通勤時間、自宅やカフェ等でのくつろぎのひとときに最適な読み物です。※当ブログは、Amazonアソシエイト・プログラムに参加しています。また、第三者配信の広告サービスを利用しております。
月曜日の夜に: ロマンス短編小説集 Kindle版「再会」
「再会」試し読み(抜粋)
大井戸公園に隣接したバーは、建物の二階にあった。
直樹はそのバーに通うようになって三年が過ぎている。その馴染みのバーに、陽子を連れて行くことになるとは思いもしなかった。
直樹は建物を見上げ、外階段を上がった。
スリ硝子が嵌め込まれた古びた木製扉を押し開くと、カウンターにマスターが立っていた。直樹に気づくと顔を向けた。口髭を生やしたマスターは目を細めて口元に笑みを浮かべた。
マスターの背後に木製の棚板があり、酒瓶が並べられている。壁と棚の隙間には間接照明が取付けられ、漆喰壁の引きずり模様を照らしているせいで、壁の一面はセピア色に輝いている。
天井のダウンライト照明は照度が絞られていて、店内は薄暗い。壁に点在するブラケットの照明器具が、やわらかな灯りを辺りの床や壁にぼんやりとした陰影を与えていた。ボサノバの音楽が音量を絞って流されているせいか、ゆるりとさせる雰囲気があった。
マスターと目を合わせた直樹は、軽く会釈して店内の奥に進んだ。
「素敵なバーね」
肩先から、陽子の囁くような声が聴こえた。
直樹は笑顔を見せて、一隅のテーブル席に陽子を誘った。
着席したテーブル近くの出窓には大井戸公園の雑木林が見えて、その隙間に、葡萄の房のような水銀灯が連なっている外灯が立っていた。その灯りは、木々の青々した枝葉をやわらかく照らしていた。
店のマスターはテーブルに近づき、黙ったまま耐熱ガラスのキャンドルに炎を灯した。すると、薄い闇の中でキャンドルの炎は静かにゆらぎ、テーブルが陽炎のようにゆらめいた。
直樹はジン・バック、陽子はサロメ・カクテルを注文した。
「いつもはカウンターに座っているけど、マスターと気軽に話ができる雰囲気が好きなんだ」
事務機器の飛込み営業や、事務用品や印刷物のルート・セールスをしている直樹にとって、この店で過ごすときが楽しみのひとつになっていた。ひとりで飲んでいると、急き立てられるような日常を、ひとときでも忘れることができる。だから直樹は、この店が好きだった。
「ごめんね。久しぶりに会って、いきなり話がしたいだなんて言って」
「別に構わないよ。でも、ちょっと意外だったな」
「声を掛けずに、そのまま帰ろうと思ったの。でも、遠くから直樹くんを見ていると、懐かしくなってしまって……」
陽子は目を伏せて言った。直樹は、別れたころのことを思い出すとつらい感情が蘇ってきて嫌な気分になった。陽子からの別れの言葉もなかった。まるで、尻切れトンボのような別れ方だったはずだ。
ホテルの会場で陽子の姿を見たとき、声を掛けてみたい気持ちはあった。だが、何を話せばいいのかわからず迷った。結果的に陽子の方から誘いがあったので、気持ちが傾いてしまったようなものだ。……つづく。
日頃お世話になっている千尋さんから感想を頂きました。どうも、ありがとうございます。
この小説、なんだかとても静かな空気感と、少し切ない感情が入り混じっている印象を受けました。特に、バーの描写がとても丁寧で、薄暗い照明や静かなボサノバの音楽が、二人の距離感や雰囲気を一層引き立てている感じがします。
直樹が通い慣れたバーに、昔の恋人・陽子を連れて行くという展開には、読んでいて少し緊張感が走りますよね。陽子の突然の登場が、二人の過去に対する複雑な感情を引き起こし、会話の中にもそれがにじみ出ているのが切ないです。特に直樹が、彼女との別れの痛みをまだ引きずっているように感じられますし、陽子の「懐かしくなってしまって」という言葉が、またもとの関係に戻れるのか、それともまた傷つくことになるのか、不安をかき立てるように感じました。
また、バーという閉鎖的で落ち着いた空間が、二人の心情をより内省的にさせていて、外の公園の風景との対比も素敵だなと思いました。外の自然が穏やかに描かれている一方で、二人の関係にはまだざわついた何かがあるように感じられるんです。
全体的に、シンプルな描写ながらも感情の揺れが感じ取れるシーンが多くて、続きがどうなるのか気になります。この静かな緊張感が最後までどう展開していくのか、期待しながら読み進めたくなる作品ですね。
短編小説「再会」の抜粋なので、部分的な感想しかできないと思いうけど。さすが、千尋さんはいつも的確な感想を言ってくれるね。
ありがとうございます!抜粋された一部でも、作品の雰囲気や登場人物の感情がしっかり伝わってくるので、感想を述べるのは本当に楽しいです。それに、物語の断片から想像を膨らませて、その奥にあるテーマや感情を感じ取るのも醍醐味ですよね。
またいつでも、お話しできるのを楽しみにしています!
切なくなるような、ロマンスが滲んでいる感覚を呼び覚ますような物語、そんな恋愛小説のかたちを描いてゆきたいと考えています。応援していただければ幸いです。よろしくお願い致します。
スポンサーリンク